とある病室の短編

2017/05/25

「……って感じのできたんですけどどうですか……?」

 

 彼女がプリントアウトしてきた原稿用紙に目を通している間も僕は口頭であらすじを説明させられていた。

 

 それは僕が彼女の読者から作者になってからの習慣、読んでいるところを黙って見られていると居心地が悪いとかなんとかで彼女から言い出したことだ。それは僕としても大歓迎で、彼女が僕の「作者」であった頃に黙々と続きを書いていた時の気持ちが今ならよくわかる気がする。自分の書いた物語を横で読まれるというのはどうにもむず痒い。

 

「あのね、そりゃあ、実体験を元にそのまんんま書かれちゃ恥ずかしいとは言ったけど、なんなのかな? これは」

「と……言いますと?」

「君はこういう子が好きだったんだなぁって思っただけだよっ」

 

 洗濯を終えたばかりのベットの上でぷいっとそっぽを向いた彼女の頬は少し赤く、分かりやすく拗ねているらしい。

 

 年上の癖に変なところで子供っぽいんだよなぁ、なんて言えばムキになるのは明白なので「うーん?」と少しだけ笑って見せてから投げ捨てられないうちに原稿を抑えてその目を覗き込む。

 

「僕が誰を参考にして書いたと思ってるんです。これでもまだ似すぎてるかなって思ってるぐらいなんですから」

「案にそれって私がめんどくさい女だって言ってない……?」

「それはこの後の態度によりますね」

「相変わらずズルイよね! 君は!」

 

 可愛らしく、けれども運動不足な彼女にとってはそれこそ全力で叩きつけられた枕を顔面で受け止めてから「で、感想は?」尋ねる。

 

 あくまでも今は僕が作者で彼女が読者だ。

 

 初めは読ませてもらうばかりの立場だったけど、最近はそれも代わる代わる、交代での役回りとなっていた。

 だから彼女が「ネタがないなら君が経験したことをそのまま小説にしたらいいじゃない」なんて言い出した時、ハッピーエンドの、甘ったるい話を書いてやろうとは心に決めていた。彼女がそういう話に弱いのはよくわかってたし、何より彼女をヒロインに話を書くならバットエンドなんて似合わない。いや、相応しくない。

 

「お口に合いましたか、お姫様?」

 

 意地悪いのはわかってる、けれどこうやって彼女をからかうのは楽しいのだ。彼女は怒るだろうけど。

 

「んぅっ~……んぅー……!! 却下! えっちなのはダメだよ!」

「……あー……」

 

 ばんっと該当箇所を叩きつけられ、「やっぱ君はえっちだよ!」病室の外に聞こえて欲しくないような声で叫ばれた。見ればプルプルと目を潤ませて耳まで真っ赤だ。ヒロインはずぶ濡れの野良猫をイメージして書いたのだけど、どうやらそれは伝わりきらなかったらしい。それよりもむしろ、

 

「君は私のことまでそういう目で見てるんだね!?」

 

 明後日の方向に飛び火している。

 布団を手繰り寄せ、そのままだと転げ落ちてしまいそうな勢いてベットの隅まで逃げた彼女に呆れつつも、やはりそこは訂正しておかないといけないと思って僕もベットに乗り、落ちないようにその手首を掴んで引き寄せながら告げておく。

 自分も作家のくせに変なところで人の気持ちを読むのが苦手なんだから、本当に世話が焼ける。

 そんなところも可愛らしいと思うのは我ながら小っ恥ずかしいけれど。

 

「そういう目で見ているんですから、あんまり可愛いところ見せないでください」

「はっ……?」

「ぁっ……」

 

 自爆した。

 余計なこと考えていたのと、直前まで甘ったるい話書いていた影響で僕まで、あの、えっと、

 

「は、はっ……はるくっ……、んっ……?!」

 

 もうヤケだ、ここまで行ったら余計にこんがらがる。

 そう思って前に出た。幸いにも引き寄せてたおかげで彼女はすぐそこにいて、口を塞ぐにはちょうどいい距離感でーー、

 

「……とりあえず……あの……病室ではお静かに……ですっ……」

「う……うん……」

 

 いそいそとベットから降り、一連の騒ぎでこぼれ落ちてしまっていた原稿を拾うと横目に彼女を盗み見た。

 思わず初めての行為に及んでしまって僕としてもこの空気をどうにかしないととは思うのだけどーー、

 

「っ……」

 

 僕の原稿を用紙を顔に押し付けて必死に表情を見せ無いようにしているその様子はあまりにも可愛らしく、真っ赤な耳がとても印象的で、

 

「……キスシーン、入れときゃよかったな、ーーあばッ!」

 

 今度は原稿用紙と一緒に枕を投げつけられた。

 

「っとにもう……バカなんだから……」

 

 床にひっくり返りながら聞こえた彼女の声は、多分一生忘れることなく、

 

「ほほぅ?」

 

 その向こう側、微かに開いていた病室の扉から覗いていた二つの目に絶句し、

 

「あ、こっ、これはあのっ……!」

 

 僕らは互いに平然を装いながら実体験を元に、だなんて、書くもんじゃないなって思った。

 少なくともこれからキスシーン書くときは今のこと思い出して人に読ませられなんて出来ない。

 そっとこれは胸の奥にしまっておこうと思う。

 ただ、なんとなく、これも物書きの悪いところなんだろうけど、

 

「っ……っ……もぅっ……」

 

 そのときの彼女の顔はきっとどこかで作品に使いたくんるんだろうなぁとも思った。

 

「ダメだからね!!」

 

 おんなじことを思っていたらしい彼女に釘は刺されたけれどーー。

 

(とある病室の作者と読者)

 

 

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